角膜クロスリンキングの現状

仕事の話です。私が今、力を入れてやってるのが、角膜疾患です。

角膜というのは、眼の黒目の部分です。元々は留学してた頃に眼の病理を勉強していて、病理というのは身体の一部を手術などで切り取ったものをホルマリンで固定して顕微鏡で調べるという学問というか仕事です。で、眼球自体を取り出すと見えなくなってしまうので、それでは大方の場合治療の趣旨に反してしまいますから、大抵は悪いところだけ切る、ということになります。すると、眼の場合には、圧倒的に角膜移植の時に切り出された角膜の標本が多くなるわけです。角膜は移植で取り替えることで見えるようにできますからね。それで、留学中は毎週何十枚も移植のために摘出された病気の角膜の標本を見ていました。

当時の印象では、病気で移植される角膜のうち、ざっと1/3は円錐角膜という病気で、1/3は水疱性角膜症という病気、残りがその他いろいろといったところでした。それで、私は円錐角膜と水疱性角膜症に関しては実にたくさん見たわけですけど、それが眼科医としての現在の実力とリンクしているか、というと、それはまた別問題です。ただ、ちょっと違う視点は持ってるかもしれませんね。

でも、今臨床で結構たくさんの患者さんをみているのが、上記の2つの疾患です。当時はそんなことは考えもしてなかったので、人生って面白いですね。

それで、円錐角膜ですが、この病気は角膜が円錐形(三角帽子みたい形ですね)に尖って来る病気で、そのために近視と乱視が進み、ひどくなって来るとメガネをかけても視力が出なくなり、上からツルツルのコンタクトレンズで押さえてやらないと見えなくなります。でも、もっとひどくなると角膜が尖りすぎてコンタクトものせられなくなり、角膜移植が必要になるのです。現在日本の角膜移植の原因の10%前後は円錐角膜だという統計が出ています。しかも発症年齢が10〜20歳代と若くて、歳をとるとともに進行するので、ちょうど思春期から青年期、生産年齢を直撃するので、発症すると色々大変な病気です。人生に大きな影響を与えます。だって、若い人がパソコンの文字がよく見えないとか、普通はちょっと考えにくいでしょうし、働き盛りに眼の手術で入院するなんて、すごく大変なことじゃないですか?! 

円錐角膜は、15年ぐらい前まではあまり治療しようがない病気でした。というのは、発症や進行を止める方法がなかったので、たとえ見つけてもひたすらコンタクトレンズで頑張って、どうしようもなくなった人だけ角膜移植をするしかない、というのが治療コンセプトだったんです。なんだか無力感ありますよね。ところが、2003年にドイツの先生が進行を止める角膜クロスリンキング という手術を開発しました。この方法は比較的簡単で、かつ複雑な器械とかもほとんどいらないので、あっという間に世界中に広まって、今では円錐角膜の標準治療みたいになっています。

私は、ちょうどそれまで角膜の仕事をしていたという縁もあって、角膜クロスリンキング を日本に導入するのに関わることになりました。ドイツまでわざわざ講習を受けに行ったのが2007年頃のことです。そして、2009年から本格的に角膜クロスリンキング を行うようになり、次第に仲間も増えて、現在では日本全国で年間150〜200件ぐらい行われていると推測されます。

この治療は本当に円錐角膜の進行を止めることができるので、かなりエポックメイキングだとおもいます。だけど、残念なことに、あまり儲けにならないので企業のバックアップが少ないんです。何しろ円錐角膜にかかってる人は日本国中に20〜100万人ぐらいと推測されますが、緑内障350万人、ドライアイ3000万人と比べるとあまりにもインパクトが少ない。しかも、緑内障やドライアイは一度かかると一生薬を使い続けるのに対して、角膜クロスリンキング はほとんどの人は1回手術するだけで済んでしまうので、企業さんにとっては実に利益にならない分野なんです。でも、日本の企業さんも血も涙もないわけじゃなくて、何度も私たち角膜専門医のところに話を聞きに来てくれました。時には窓口の方が「うちの会社もこういう社会貢献的なこともしていかなくては!」と言って下さったことも。でも、社内に持ち帰って検討した結果、「すみません。うちではちょっと・・・」になってしまいました。本当に見事にどこの会社も全部です。で、企業がバックアップしてくれないと何がいけないのか、というと、臨床研究と言ってその治療の有効性と安全性を確認する試験ができなくて(通常の学会発表や論文発表のレベルじゃなくて、お役所の基準に対応したすごい厳密なもののことです。お金も億単位でかかるんです)、それができないと最終的には先進医療とか保険医療とかにできないんです。だから、まだこの治療は自費診療のままです。保険になる見込みは?と良く聞かれますが、まだ全然先が見えないというのが実情です。

企業も社員を養わなきゃならないし、厳しい国際競争に勝って生き残るのが最低条件だから仕方ないんだな、というのはよくわかるので、もうここはこれまでの方法じゃダメなんだな、と最近は思っています。

こういうのって、どうしたらいいんでしょうね。新しい時代がきて、最近は「儲け主義より人の絆!」みたいなことよく聞くので、何か良い方法がないかなあ、と考える日々です。

    角膜クロスリンキングの現状” に対して1件のコメントがあります。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です