レーシックにオプションは必要か?
最近、レーシックの際に「角膜を強化する」ためのオプションをつけるところが増えてきているようです。
これは必要なものなのでしょうか?
レーシック後の非常に稀ですが有名な合併症に、角膜拡張症(エクタジア または Keratectasia)というものがあります。
一般的に、レーシックをすると直後から近視や乱視が取れて裸眼視力が上がりますが、ごく稀に術後数ヶ月から数年経った後に、レーザーで削って薄くなった角膜が前方に突出してきて、円錐角膜のような病態になってしまうことを言います。
円錐角膜については下記をご参照ください。
https://keratoconus.jp/about_kc/index.html
角膜拡張症は、ごく軽度や初期の円錐角膜を見落としてレーシックをしてしまった場合や、とても強い近視のあった人にレーシックをして角膜を削りすぎてしまったりした場合、または、普通よりも深い層で角膜を削ってしまったりした場合に起きることがわかっています。
角膜拡張症になりやすい因子としては、
- もともと軽度の円錐角膜がある
- 年齢が若い
- 近視度数が強い
- 角膜の厚みがもともと薄い
- 角膜を削った位置が深い(残余角膜厚が薄い)
などが挙げられています。
アメリカのRandleman先生という方が、角膜拡張症になりやすい危険因子をスコアにしていて、このスコアの合計点が4点以上の人はレーシックはしないほうが良い、という論文を出しています。
元の論文を読んでみたい方のために、原文のリンクと、スコアの表を貼り付けておきます。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3748728/pdf/nihms-47701.pdf
下の表は、上記の論文に出てくるものです。
この論文では、角膜拡張症の危険因子のスコアが、合計で4点を超える人は、レーシックをしない方が良い、と警告しています。
どういうことか、例で考えてみましょう。
例えば、20歳で角膜の厚みが480μmの人がいて、角膜の形はごく正常で、-3.0Dの近視を治したいと思ったとします。この方は、ざっとみると、年齢は若く、近視は軽めなのです。しかし、上記の表で上の段から各項目を当てはめて検討してみると、
- Topography(角膜の形)は異常ないので0点
- RSB(残余角膜厚)は、フラップの厚みが120μmとして、おそらく-3.0Dぐらいの矯正なら30 – 40μm削ることになるので(レーザーの機種や切除デザインによって少し違います)
480 – 120 (フラップの厚み)- 40(削る角膜の厚み) = 320 μm
で0点 - Age(年齢)は、3点
- CT(角膜厚)は、もともと480μmなので3点
- MRSE(自覚屈折度数)は、-3.0Dなので0点
になり、すべて合計すると6点になります。
つまり、この人は今はレーシックをしない方が無難だ、ということになります。
ただ、今は20歳で若いから年齢スコアが3点になりますが、例えば10年待って30歳を超えれば、この人の年齢スコアは0点になりますから、10年待ってからもう一度レーシックを受けるかどうか考えるのはありと言えます。
Randleman先生の主張はかなり厳しくて、発表された当初は、
「こんなに厳しいの?」
とやや驚きをもって受け入れられました。
これ以前にはこのスコアが5〜6点ぐらいの人にもレーシックはされていましたが、今までのところ何も起きなかった人もたくさんいます。
でも、確かに、何年か経ってから角膜拡張症を起こした人の術前データを見る機会があると、実は4点を上回っていたんだな、ということはあります。
さて、角膜拡張症は、レーシックをする側からすれば一番起こしたくない合併症の1つで、どこのクリニックでも術前にリスクがないかどうかは、入念に検査されています。なので、今の時代にまともなクリニックでレーシックを受けて角膜拡張症になってしまうリスクはかなり低いと言えるでしょう。
しかし、それを逆手にとって、レーシックの際に「角膜を強くする」という理由で角膜クロスリンキングを一緒に行うところが増えてきているようです。それも、通常の角膜クロスリンキングとは少し違う方法で行なっているようです。
角膜クロスリンキングについては、こちらをご参照ください↓。
https://keratoconus.jp/about_kc/index02.html
レーシックと角膜クロスリンキングを同時に行う手法(一般的には LASIK Xtra と呼ばれています)については、海外でも行なっている施設はあって、ここ数年いくつか論文報告が行われるようになってきましたが、角膜拡張症の予防、という観点ではなかなか評価が難しいところです。
その理由は、上に記したように、もともと角膜拡張症は非常に稀な合併症のため、本当に統計的有意差が出るまで比較するには、ものすごい数の手術をして比較しなくてはならないからです。少なくとも、数百例ずつの比較では判断ができません。
あと、海外からレーシック Xtra に関して発表されている論文報告をざっと読んでみると、レーシック Xtra の方が通常のレーシックに比べて明らかに優れている、という書き方をしているものは、少なくとも私が探した範囲では見当たらないのです。
むしろ、レーシックXtraによって、角膜表面の不正乱視が増えたり、角膜実質の透明性が若干下がるという報告まであります。しかし、この報告も、通常のレーシックのみのグループとの比較をしていないので、論文の質としては今ひとつかな、と思います。
こちらも一応、原文のリンクも貼っておきます。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31579231/
以上の事実を総合して、あくまで私見ですが、現時点においてレーシックの際に角膜を強化するためのオプションを付け加えることにはあまり意味がない、と考えています。(ただし、これは2020年現在の考えですので、また新しい知見が出たら変わる可能性はあります。)
他にも、レーシック Xtra が現在世界ではどのような位置付けになっているのか、どのような論文報告が行われてるのか、詳しい内容については、改めて書きたいと思います。
先進的な技術があれば治るをモットーに、円錐角膜治療で進行を止めるための角膜クロスリンキングを日本で初めて導入した実績があり、国内の角膜クロスリンキング手術を牽引しています。また新しい角膜内皮移植DMEKの執刀ができる数少ないドクターの一人です。