近視人口の増加が世界の大問題に
近年、近視の進行予防の注目度が上がってきています。ホットトピックスの一つと言っても良いでしょう。
私自身はこれまであまり近視進行の研究に関わってきたわけではなく、興味はなくはなかったですが、眼科医として標準的な知識ぐらいしかありませんでした。しかし、目の前に患者さんがきて相談されたら、適当なことを答えたくないなあ、と常日頃から思ってはいました。
そこで今回は、特に自分の親しい人や身内の子供が近視になった場合に、彼ら・彼女らになんとアドバイスするかな?という観点で、文献等を調べてみようと思います。
まずは、ざっくりと知識をつけるために日本語のウェブサイトをいくつか見てみると、やはりというべきか、いろいろ信頼できる学会や医療機関から根拠のある情報が提供されています。
公益社団法人 日本眼科医会のウェブサイト https://www.gankaikai.or.jp/health/39/
日本近視学会のウェブサイト https://www.myopiasociety.jp/general/care/flow.html
日本近視学会監修のウェブサイト(親子で学ぶ近視サイト)https://kinshi-yobou.com
東京医科歯科大学の先端近視センターのウェブサイトhttps://myopia-center.com/suppression.html
どちらのサイトにも、同じような内容が書かれています。
つまり、子供(学童期)の近視の進行を予防するには
- 低濃度アトロピン点眼
- オルソケラトロジー
- 多焦点遠近両用コンタクトレンズ
- 特殊なメガネによる予防(近視進行抑制メガネ)
などの方法があると書いてあります。
ただ、ここで注意すべきなのは、これらの方法はおそらく多くの患者さんが考えるようなはっきりした効果があるとは言えないのではないか、と言うことだと思います。
まどろっこしい言い方ですね(^ ^)
つまり、これらの治療効果の効果判定は統計的な手法で行われています。
例えば1の低濃度アトロピン点眼の効果を評価するには、大勢の同じような条件の近視の人を二つのグループに分けて、一方には本当のアトロピンの入った薬をつけてもらい、さらにもう一方には全く同じような瓶に入ったアトロピンの成分の入っていない基材(偽薬とかプラセボと言います)のみをつけてもらい、数ヶ月または数年間経過を見て、両方のグループで近視の進行に差があったかどうかを統計的に検証する、と言う方法を取っているからです。なので、すごく効果のあった人、なかった人がいたとしても、たくさんの数のデータの中に均されてしまっていると言うこと、そして、患者さんの実感とかけ離れた小さな差であった場合でも「統計的に有意差あり」と判断されると、「効果があった」と表現されてしまっていることです。
なので、あまり大きな期待を抱くとがっかりしてしまうこともあるかと思います。実際に、差があったと言われていても、二つのグループの間の近視の進行の差は、ごく弱いレンズ1〜2枚の差です。
そして本当のところ、一人のお子さんに対して、治療した場合としなかった場合を比較することは不可能なので、その子にとって治療が有効だったのかどうかは神様しか知らない、と言うのが実情です。
さらに、これらの近視進行予防治療は一般的に12歳ぐらいまでが効果があるとされています。それでは中高生になってからでは効果が全くないの?と言われると、それについても明確な答えはまだ出ていないようです。とにかく、いろんなことがまだ研究(調査)途中であることは間違いありません。
さて、これらのことを念頭に置いた上で、今回は近視進行予防が今、なぜ世界でこんなにも熱くなっていることについて少し考えてみたいと思います。
もともと日本を含む東アジア諸国は近視が多い地域でした。しかし、現在全世界の国々で近視の割合が増えていることが大きな話題になっています。
世界的な近視の増加について、よく取り上げられているのがオーストラリアのHolden先生らの論文です。
これはとても面白い論文で、オープンアクセスで全世界に公開されています。つまり無料で全文を読むことができます。2016年にOphthalmologyという雑誌に掲載された総説論文です。
https://www.aaojournal.org/article/S0161-6420(16)00025-7/fulltext
少し内容を見て行きたいと思います。
まず、この論文で定義されている近視というのは等価球面度数で-0.5Dより強い近視とされています。これはかなり軽い近視も含みます。-0.5Dって本当に一番弱い近視の眼鏡のレンズぐらいです。実際、-0.5Dの近視の人は、裸眼視力も割とよくて、眼鏡なしでも日常生活にほとんど不自由ないことがほとんどです。
次に強度近視は-5.0D以上と定義しています。これは強度近視の定義としては割と軽めの方だと思いますが、この定義を用いている理由について著者らは、「一般的に病的近視のリスクとして考えられる度数であり、矯正しなければWHOの定義する盲目(blindness)と同等の不自由を生じる度数だから」としています。
方法ですが、論文検索サイトであるPubMedから1995年1月以降に発行された論文の中でキーワード
- myopia AND prevalence
- refractive error AND prevalence
で検索をかけて4288本の論文を選び、そこから人口ベースの研究を行なっている論文を選び、最終的には145本の論文を抽出しました。そして、0歳から100歳まで5歳刻みで年齢のグループを作成し、それを元に2050年までの近視人口を予測しているようです。
結果は、近視人口は
- 2000年には14億600万人(世界人口の22.9%)
- 2010年には19億5000万人(28.3%)
- 2020年には26億2000万人(34.0%)
- 2030年には33億6100万人(39.9%)
- 2040年には40億8900万人(45.2%)
- 2050年には47億5800万人(49.8%)
になると予測されています。
さらに、強度近視の人口は
- 2000年には1億6300万人(世界人口の2.7%)
- 2010年には2億7700万人(4.0%)
- 2020年には3億9900万人(5.2%)
- 2030年には5億1700万0人(6.1%)
- 2040年には6億9600万人(7.7%)
- 2050年には9億3800万人(9.8%)
になると予測されています。
つまり、2050年には世界の約半分の人が近視になり、1割の人が強度近視になる。さらに、強度近視眼の年齢分布が年配の人にも増えてくるために、強度近視によって引き起こされる眼疾患の割合も上がってくるだろう、ということです。
考察の中で、著者らは、近年のライフスタイルの変化が近視の増加に寄与しているだろうと述べています。特に、シンガポール、韓国、台湾、中国などは幼少期からの厳しい受験競争にさらされて、勉強や電子機器を見る時間が増え、外で遊ぶことが減ったことが近視の原因になっている可能性を指摘しています。(なぜかのこの中に日本が挙げられていません)
これと関連した論文が2018年にBritish Journal of Ophthalmologyというイギリスの雑誌に発表されています。こちらは、近視性黄斑変性Myopic macular degenerationの割合について2000年から2050年までの予測を立てています。
https://bjo.bmj.com/content/bjophthalmol/102/7/855.full.pdf
分析の手法はとても似ていて、PubMedで
- Myopic macular degeneration AND Prevalence
- Myopic maculopathy AND prevalence
- Pathologic myopia AND prevalence
のキーワードで検索をかけて引っかかってきた189本の論文の中から条件に合うものを17本抜粋して解析しています。
強度近視の定義は先の論文と同じ、等価球面度数で-5.0Dより強い近視としています。視覚障害(Visual impairment; VI)の定義は、WHOの定義に従って視力6/18未満(0.3)、盲(blind)の定義は3/60(0.05)以下としています。
そして、解析の結果として、2015年には近視性黄斑変性によって1000万人(0.13%)が視覚障害VIに、330万人が盲Blind(0.04%)になっており、2050年には5570万人(0.57%)が視覚障害VIに、1850万人(0.19%)が盲Blindになるだろうと推定しています。現在は、近視は主に若い世代に多いのですが、これから30年後には若い世代がシニア世代になり、強度近視の人が年をとることによって近視性黄斑変性によって失明する人の数が激増するだろう、と予測しています。
これだけ多くの人が、近視が原因で働けないぐらいの視力障害をきたして生活に支障が出るというのはとても大きな損失です。実際に、近視性の視覚障害による経済的損失は、直接的には2.3兆米ドル(約250兆円)、間接的には6520億米ドル(約72兆円)*ということを考えると、近視予防が今、急いで解決せねばならない世界的な問題として大きな注目を浴びているのは頷けることだと思います。
*Holden BA, Mariotti SP, Kocur I, Resnikoff S, He M (2015) The impact of myopia and high myopia. Paper presented at the World Health Organization–Brien Holden Vision Institute. Global Scientific Meeting on Myopia, Sydney, 2017
先進的な技術があれば治るをモットーに、円錐角膜治療で進行を止めるための角膜クロスリンキングを日本で初めて導入した実績があり、国内の角膜クロスリンキング手術を牽引しています。また新しい角膜内皮移植DMEKの執刀ができる数少ないドクターの一人です。