子供の近視、どうやって予防しますか?
前回は近視進行予防治療がこのところにわかに注目されていることについて書いたところ、世界規模で近視の増加が大問題になっているという話になってしまいました。
今回は、いよいよ近視進行予防にはどんな治療があるのか、その有効性など、報告されていることを調べてみたいと思います。
最初にお断りしておきますが、私は近視進行予防に関する専門家ではないです。なので、ここに書くことは最近の論文の一部を読んだまとめです。微妙に解釈が違っている部分があるかもしれないし、専門家によっては違う主張をする方もいるかもしれません。悪しからずご了承ください。
*近視は環境因子で決まる
Spillmann先生というドイツの先生が、Graefes Arch Clin Exp Ophthalmologyという雑誌に2020年に総説論文を執筆されています。それを見てみましょう。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31873785/
まず、この先生は近年の近視人口の増加を A pandemic that threatens the world(世界を脅かすパンデミック)と表現しています。この論文は2020年に出版されているので、原稿が書かれたのはCOVID-19が広まる前だと思いますが、非常に衝撃的な言葉の使い方です。
今日の近視ブームは、東アジア諸国で受験勉強が過熱した頃から始まりました。中国では、1960年前には近視の割合は人口の15%でしたが、現在では若者の90%が近視です。上海の東華大学では学生の96%が近視で、20%が強度近視だそうです。韓国、台湾からも同じようなデータが出ています。アジアで最も教育期間の長いシンガポールは、最も近視の頻度が高い国でもあります。
しかし、他の欧米の国でも、教育レベルの高い大学では近視の割合が高いことが示されており、アジアだけの問題ではないようです。例外は、強い直射日光を浴びるオーストラリアとニュージーランドで、近視の割合が少ないらしいです。
また、同じ国でも、大都会と地方都市では子供達が屋外ですごす時間が異なり、近視の罹患率も都市部で際立って多かったことより、近視の進行には遺伝的素因もさることながら、環境因子、特に、都市化、近方を見る時間の増加、教育などの影響が強く影響していることが示唆されています。
*台湾の近視予防政策
台湾では、12歳の児童の近視の割合は、1990年には35%だったが、2000年には61%に増加しました。その結果を受けて台湾教育省がTaiwan Student Vision Care Program(TSVCP)を開始しました。
https://aes.amegroups.com/article/view/4010
小学校の児童は1日120分間外で過ごすことが推奨され、教室内の照明は500ルクス以上と定められました。
TSVCPの導入から4年後には、小学生の近視の割合が4%減少、1年間で新しく近視になる子供の数は、17.7%から8.4%に減少しました。ただし、TSVCPによって新たな近視の発症は減りましたが、すでに近視になっている場合には進行を止めることはできなかったそうです。
*どのぐらい屋外で過ごせば良いのか?
アメリカのオリンダスタディの結果からは、外で過ごす時間を週5時間以下から6〜9時間に増やすことで、近視になるリスクは30%から15%に減らすことができるというデータが出ています。
https://iovs.arvojournals.org/article.aspx?articleid=2183997
その他のデータを見ても、週に10〜11時間屋外で過ごすことで、近視度数も、眼軸長の伸びも30%前後減らせたというものが多いようです。
週14時間以上屋外で太陽光を浴びると、近視の割合は大幅に減るようです。週14時間というと、一日2時間以上ですね。雨の日もあるでしょうから、晴れたには半日外遊びということになるかと思います。
何れにせよ、日本を含む東アジアの国で、幼稚園から小学校低学年ぐらいまでの時期にたくさん外遊びをさせることが近視の予防にとても重要であることは疑う余地がなさそうです。
*その他の治療オプション
1. アトロピン
すでに日本でもかなり知られるようになっていますが、低濃度アトロピン点眼は、最も効果があり安全な治療とされています。メカニズムはまだわかってないようですよ。
ATOM2というシンガポールで行われた研究では、6-12歳の400人の子供たちに濃度の違うアトロピン点眼を2年間行なった結果、近視が進んだ量は、アトロピンを点眼しなかった場合-1.20Dだったのに対して、 0.5%アトロピンで-0.30D(75%減少), 0.1%アトロピンで-0.38D(67%),0.01%で-0.49D(58%)でした。これに対して、アトロピンを点眼しなかった場合には-1.20Dでした。0.01%アトロピンは効果が少なかったように見えますが、副作用も一番少なく、また5年後の近視進行は一番少ないという結果でした(0.5%で1.38 D、0.1%で1.83 Dに対して、0.01%では1.98 Dの進行抑制効果)。点眼を辞めた後のリバウンドも、0.01%が一番少なかったとのことです。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21963266/
ただ、ここで気をつけていただきたいのは、アトロピン点眼で近視の進行は確かに減りますが、すごく大きな差ではない、ということです。また統計的な差ですので、一人一人の子供の間にはばらつきはあったものと思います。
あと、アトロピンは、現在まだ日本で承認されていないので、個人輸入で自費になります。なので、どこの病院でも処方してもらえるわけではありません。
2. オルソケラトロジー
オルソケラトロジーの説明をする前に、網膜周辺部の遠視性デフォーカスのことを簡単に説明します。 通常のメガネでは、網膜の中心部にはフォーカスが合いますが、網膜周辺部では像はぼやけてしまいます。これは、メガネレンズの構造から、周辺部へ行く光は網膜の後ろに焦点を結んでしまうからです。これを遠視性デフォーカスと言います(右図)。この遠視性デフォーカスがあることにより、眼球は「もっと伸びろ」というシグナルを出して、眼軸長を伸ばし近視が進むという理論です。周辺部網膜の遠視性デフォーカスを減らすことで眼球が伸びるシグナルを減らし、近視の進行を予防するという考え方があり、今日ではそれを元にした矯正方法がいろいろ開発されています。
オルソケラトロジーは、特殊な形のハードコンタクトレンズを寝ている間に装用することで、角膜の形を変えて、近視を治療する方法です。このレンズの特徴として、角膜中央を平坦化させて、中間周辺部を急峻化(カーブを強く)させる作用があるのですが、これがちょうど遠視性デフォーカスを緩和する働きがあり、近視進行予防効果があります。
これまでの研究結果では、小学校3年生から6年生ぐらいの年齢の子供にオルソケラトロジーを2〜3年行うことで近視の進行が45%ほど抑制されたとする結果が多いようです。しかし、4年以上続けた時にはどうなるのか、また辞めた時にどうなるのかについては、まだわかっていない部分もあるようです。
しかし、専門家は、「オルソケラトロジーは、完全ではないにしても若い進行性の近視の子供達にとって、まずまず安全で効果的な方法」と述べています。
3. その他のメガネやコンタクトレンズ
前述の遠視性デフォーカスを軽減するために、遠近両用のような構造の眼鏡やコンタクトレンズが利用され、その効果についても続々と報告が出てきています。30〜50%ほど近視の進行を抑制できたとするデータもあれば、ほとんど変わらなかったという報告もあるようです。
DIMS (Defocus Incorporated Multiple Segment) レンズ
香港で開発されたメガネレンズで、中心の遠方矯正部分と、周辺のデフォーカス部分からなるものです。8-13歳の中国人の子供で、近視の進行が2年間で59%抑制され、21.5%では完全に進行停止が得られたと報告されています。
さらに、このレンズをソフトコンタクトレンズにしたものでも、50%以上の抑制効果が得られたということです。
クーパービジョン社やVisioneering Technologies社(日本ではメニコン社)からは、ワンデータイプの使い捨てDIMSレンズが販売されているようですが、日本ではまだ承認が得られておらず、出回っていないのかもしれません。
番外;スマートフォンやタブレットは近視を進行させる?
スマートフォンやタブレットなどは目に悪いのではないか、ということをよく聞かれます。しかし、現時点ではスマートフォンやタブレット端末の使用時間が長いと近視が進むというデータはないようです。むしろ、近視はスマートフォンやタブレットが登場する前から増えているので、電子機器が悪いというよりも、その他の影響の方が大きそうです。
さて、ここまでSpillmann先生の総説を中心に解説してきましたが、論文の最後に以下のことが推奨されています。
- 学童期までは、少なくとも毎日2-3時間は外遊びをさせる。特に、人口過密なアジアの大都市に住んでいる子供は長く外で過ごした方が良い。
- あまり幼い年齢での、長時間の勉強はさせないこと。一旦近視になると進行は止まらない。
- 幼い年齢で長時間近くを見ないようにする。本を読んだりするときも、時々休憩して遠くを見る。
- 勉強の時は眼と机の距離を40cm離せるように机を工夫する。
- 家や教室での照明を明るくし、できるだけ窓から太陽光を入れる。
- 教科書の小さい文字やコントラストの悪い文字は避ける。
- 幼い頃から、毎年の眼科検診を受ける。
なんだか、私たちが子供の頃に口うるさく言われたこととほとんど同じですね(^ ^)
近視進行予防治療は近頃とても関心が持たれてきているものの、薬や矯正器具(コンタクトや眼鏡)による治療は、未承認とか自費とか効果がまだはっきりしないとか言うものが多くて迷ってしまうというのが実情です。
最後に、これらのことを踏まえた上で、自分自身の身内や知り合いの子供が近視になってきたら、私だったらどうアドバイスするかな?と考えると、
- 就学前と小学生のうちは、とにかくできるだけ外遊びをさせる。本を読んだりするときは照明を明るくする。
- 小学校低学年で軽度近視(-1.0〜2.0D未満)になってきた場合には、0.01%アトロピン点眼ぐらいはお勧めするかな、と思います。
- 就学前にすでに近視になってきた場合や、小学校入学後でも近視がどんどん進んで-3.0D以上になって来た場合には、アトロピン点眼の他にオルソケラトロジーか近視進行予防用ソフトコンタクトレンズをお勧めするかもなあ、と思います。でも、角膜専門医としては、コンタクトレンズで感染症になってくる人もこれまでたくさん診察しているので、オルソケラトロジーを全員に進めるか?と言われると、ちょっと躊躇します。ワンデータイプの使い捨てDIMSレンズが使えるようになるなら、そちらの方を選びたいような気もします。その子の近視がどのぐらい強いのか(将来すごい病的近視になってしまいそうなのか)、親御さんがどのぐらいコンタクトレンズのケアに手をかけてあげられるのか、などにも左右されると思います。
この分野は、まだまだこれから研究が進みそうなので、これからも常に新しい情報をキャッチアップしつつも、どこまで本当に必要なのかについてかしこく考える必要がありそうです。
先進的な技術があれば治るをモットーに、円錐角膜治療で進行を止めるための角膜クロスリンキングを日本で初めて導入した実績があり、国内の角膜クロスリンキング手術を牽引しています。また新しい角膜内皮移植DMEKの執刀ができる数少ないドクターの一人です。
コメント失礼します。
子供が9歳で近視なのですが診断を受けて一年半位で0.8から0.2まで視力が下がってしまいました。
今は近視抑制に効果があるというクロセチンのサプリメントの服用とアトロピン点眼を始めたばかりです。
ソフトコンタクトのシード ワンデーピュア イードフ を使用する事により近視抑制になるとうのをネットで見て、いつも通っているクリニックに電話した所、そのコンタクトは扱っているが処方するのは小学6年からとういう事と遠近両用のレンズなので、手元を見る力が無くなるという考え方もあるんですよね。っと言われました。
先生は手元を見る力が無くなるという事についてどう思われますか?
あと眼鏡でもZEISS MyoKidsという近視抑制になるというの見つけたのですが説明を読んだらソフトコンタクトと同じ考え方なのでは?なら目に負担の少ない眼鏡の方が良いのでは?っと思いました。
知り合いの人づての話であるのですが長期間コンタクトを使用していて、70代になり言い方は違うかもしれませんが、眼科の先生にもうコンタクト出来る目ではないと言われたそうです。
長期間コンタクトをする事により正しく使っていても目には負担になるのでしょうか?
あとコンタクトを使うと自分で見る力が無くなり目が悪くなるという情報もあります。
乱文で申し訳ありませんがお返事頂けたらとても嬉しいです。
宜しくお願い致します。
asatoさん、コメントありがとうございます。
いろんな患者さんの状態がありますので、診察をしないで一般論をお答えするのはとても難しいことで、誤解が生じる原因にもなり得ます。
お近くの眼科専門医の先生、もし子供の近視抑制に力を入れている病院などがあればそこで直接ご相談いただくのが一番確実です。
お答えできず申し訳ありません。
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