円錐角膜眼への有水晶体眼内レンズ
前回、円錐角膜の手術治療ということで、ざっくりまとめを書きました。ですが、読み直してみたところ、なんだかちょっと教科書的な記載になってしまっていたので、もうちょっと自分の考えも入れて少しずつ解説したいと思います。
今日は、有水晶体眼内レンズについて。
有水晶体眼内レンズは、大きく分けると、前房型と後房型に分かれます。これは前回書いた通りです。
前房型レンズ
前房型というのは、角膜と虹彩の間の空間(ここを前房と言います)に眼内レンズを入れるものです。
前房型レンズもさらに虹彩把持型と隅角支持型の二つに分けられます。
虹彩把持型というのは、写真のように、レンズの両端にクリップのような脚がついている部分で虹彩(茶目)の前層を少し挟み込んで固定するものです。一方隅角支持型というのは、眼内レンズの脚を隅角(前房の周辺部、角膜と虹彩でできる角に当たる部分)に置いて固定するものです。
現在日本国内で使われている前房型有水晶体眼内レンズは、ほとんどが虹彩把持型だと思います。
虹彩把持型の有水晶体眼内レンズの近視矯正効果は確実なもので、実は、日本人の近視眼に対するこのレンズの短期成績(2年間)の論文はずっと前に私が出しています(^ ^)。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15975455/
また、円錐角膜眼への虹彩把持型有水晶体眼内レンズの移植成績も出しています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21376252/
これらの論文を書いた時の手術成績は非常によく、術後の裸眼視力はとても改善して、しかも安定し、内皮細胞障害は見られませんでした。
しかし、その後経過観察期間が長くなり5〜10年と経つうちに、内皮細胞障害が起きる人がちらほら見られるようになりました。大抵は、加齢に伴って虹彩が角膜に近づいてきて、眼内レンズの一部が角膜の裏側に触れてしまうことによるようでした。また、中には、何もしなくても、あるいはぶつけたりしたはずみで虹彩の把持部が外れかけて位置を直す人も出てきました。
ですので、有水晶体眼内レンズを移植した人は、調子が悪くなくても年に1〜2回でいいのでずっと眼科診察を受けた方が良いと思います。
次に、後房型レンズ(ICL)について
後房型というのは、虹彩と水晶体の間の隙間に眼内レンズを入れます。有水晶体眼内レンズは、あくまで“レンズ”ですので、水晶体(英語でLens)の近くに入れるのがより自然に近いわけです。しかし、術後に房水(前房と後房を満たしている水で、目の中に栄養を運ぶのに大切と考えられています)の流れが妨げられることにより白内障や緑内障になるのではないか、という懸念がありました。
これに画期的な開発を加えたのが、北里大学の前教授である清水公也先生です。清水先生は、レンズの中央部に小さな穴を開けることにより、房水の流れをスムーズにして、長期的な合併症を防ぐようなICLを開発なさいました(通称 hole ICL)。
それ以来、ICLのシェアが急に伸びて、現在では(特に日本国内では)前房型レンズを上回る状態になっています。
北里大学の現教授である神谷和孝先生が近視眼、円錐角膜眼の両方への成績をたくさん論文発表されていて、その内容を見ても非常に安定した良い成績です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28611132/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27057883/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25147365/
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このように、円錐角膜の矯正方法としても、有水晶体眼内レンズは非常に有効性が高いと言えます。
ただし、有水晶体眼内レンズで矯正できる近視・乱視の度数には限度があり、円錐角膜の方はそれ以上に強い近視・乱視がある方も多く、完全矯正ができるとは限りません。この点は、専門施設で個別に相談が必要です。
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ただ、実際の診療の現場で見ていると、円錐角膜の相談にいらっしゃって有水晶体眼内レンズを入れる方はわずかという印象です。
その理由は、1つには価格が高いということもあると思います。
しかしそれ以外にも、円錐角膜で見えにくくなってから受診されるので、すでに有水晶体眼内レンズで矯正できる時期を過ぎてしまっていることが大きいように思います。左右の眼の円錐角膜の重症度に差があって良い方の眼にならできるとしても、悪い方の眼はハードコンタクトレンズを装用し続けなくてはならないのであれば、あまり手術を受けたいという気持ちにはならないでしょう。
ここでもやはり、円錐角膜はなるべく早いうちに角膜クロスリンキングで進行停止して、できるだけ矯正の選択肢を残すことの大切さを感じます。
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では最後に、私自身が近視や軽度円錐角膜だったら有水晶体眼内レンズを入れるかどうかについて。
私自身は、実はずっと正視で視力が良かったので近視の人の気持ちに完全に共感できないと思うのですが、近視や乱視度数が軽ければ手術はしないと思います。しかし、-8.0Dを超えるような強度近視だったりしたら、考えるかもしれませんね。特に、眼鏡が重いとか、コンタクトレンズの装用感がすごく悪い、長時間装用できなくて仕事に支障を来す、などの悩みがあるのであれば、手術を考えるかもしれません。
前房型、後房型のどちらを入れますか?と言われたら、今なら後房型のhole ICLを入れてもらうと思います。
(私が論文を書いた頃は、今ほどICLが出回っていなかったことを書き添えておきます。)
先進的な技術があれば治るをモットーに、円錐角膜治療で進行を止めるための角膜クロスリンキングを日本で初めて導入した実績があり、国内の角膜クロスリンキング手術を牽引しています。また新しい角膜内皮移植DMEKの執刀ができる数少ないドクターの一人です。