角膜クロスリンキング〜私にはどの方法が向いていますか?
最近、患者さんから「角膜クロスリンキングを受けた方がいいのはわかったけど、どの方法が自分には向いているのですか?」という質問を受けることが多かったので、それについて書きたいと思います。
角膜クロスリンキングには、現在大きく分けて以下の3つの方法があります。
1 標準法
2003年に初めて角膜クロスリンキングが世の中に登場した時に紹介された最も基本的な方法です。角膜上皮細胞を直径7〜8mm程度で除去(掻爬)して、その後リボフラビンを点眼し、紫外線を3.0mw/cm2で30分間照射します。この時の紫外線量はトータルで5.4Jになります。
2 高速照射法
標準法の紫外線照射が30分と長いので、照射時間を短くした方法です。紫外線のエネルギーは、照射強度と照射時間の積なので、照射強度を強めることで照射時間を短くすることができます。標準法と同じ紫外線エネルギーを得るためには、例えば9.0mw/cm2にすれば10分間の照射、18.0mw/cm2なら5分間の照射、30.0mw/cm2なら3分間の照射で済む、ということになります。ただし、それ以上強度を上げると、同じだけのクロスリンキング効果が得られなくなると言われていて、30.0mw/cm2 ×3分間照射より短いものは採用されていません。
高速照射法では、標準法と同じように角膜上皮は除去します。
3 経上皮照射法(エピオン法)
角膜上皮を除去しないで、いきなりリボフラビンを点眼し、その後紫外線を照射する方法です。
角膜上皮細胞層は隣り合う細胞同士の間に細胞間接着装置というものがあって固く結合しているので、異物を通さない構造になっています。なので、経上皮照射法で使用するリボフラビンには細胞間結合を壊すような成分が含まれていて、点眼することで徐々に薬が角膜上皮層を通り抜けて実質に浸透し、眼内まで到達するように設計されています。十分にリボフラビンが角膜に浸透した時点で、紫外線を照射します。
さて、最近よく聞かれる質問の中に
「標準法も高速法も角膜上皮を取るので、感染などの合併症があるから、安全なエピオン法にした方がいいのですか?」
というのがあります。
確かに、上皮を除去する標準法や高速法では、上皮が修復されるまでの数日間、角膜に細菌や真菌がついて角膜感染症になるリスクはあります。角膜感染症の原因菌は、たいていの場合は常在菌です。常在菌というのは、普通の状態でもその人の身体に住み着いている菌のことです。目の表面にいる常在菌をゼロにすることはできないので、術後は1週間ほど抗生物質を点眼して、出来るだけ菌が角膜の傷から目の中に入っていかないように予防します。
しかし、細菌と抗生物質の戦いはイタチごっこです。つまり、新しい抗生物質が開発されると、最初はその抗生物質はよく効いて細菌を抑えるのですが、何年かすると細菌の方が抵抗力を獲得して、抗生物質が効かない菌が現れます。これを耐性菌と言います。すると、人間はまた新しい抗生物質を開発します。しかし、また何年かすると細菌が抵抗力を獲得して耐性菌が出現します。この繰り返しなのです。
最近では常在菌にも変化が見られて、日常よく使われる抗生物質が効かない菌(耐性菌)を持っている人が増えてきました。眼科領域でも、5〜10年ぐらい前から、手術後の感染予防によく用いられていたニューキノロンという点眼薬に対する耐性のある菌が増えてきた印象があります。そのため、角膜クロスリンキング後の感染症がこの5年ぐらいで少し増えてきた印象があり、その全例がニューキノロンに対する耐性菌でした。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34465309/
**少し話が逸れますが、これは長い間日本の医療機関が安易に抗生剤を使いすぎていたことにも関係しています。抗生剤が必要のない状態でも抗生剤を処方するのがしばらく前までの日本の病院の特徴でした。耐性菌の増加が問題になり、近年では抗生剤の処方し過ぎに対して医療機関側もとても気を使うようになってきています。
術後感染を起こすと、治った後も角膜に傷跡が残ったり視力が下がったりすることがあります。我々医療機関側も出来るだけ感染症が発生しないように色々な工夫をしています。
それでは、上皮を除去する方法は感染症が多いから危険で、エピオン法は安全なのでしょうか?
そもそも角膜クロスリンキング後の感染症の発生率は上皮を除去する方法でも1%以下です。アトピー性皮膚炎のある方は耐性菌を保有している割合が高いのでより注意しなくてはならないのですが、それでも感染症になる可能性はかなり低いと言えます。
エピオン法では感染の発生確率はさらに低いことは、世界中のデータを見ても明らかです。しかし、エピオン法の問題点は、円錐角膜の進行を停止させる効果が明らかに弱いとわかっていることでした。特に10代から20代前半の若い人に対しては効果が弱いとされています。
この問題を解決するために、近年メーカーが紫外線照射強度を上げた新しいエピオン法を開発しています。理論的には、この新しいエピオン法は従来の上皮を取る方法と同じぐらいの効果が期待できるということになっていますが、実際に人の円錐角膜に新しいエピオン法を行った症例は世界でもまだそれほど多くなく、1年の効果も出揃っていないのが現状です。
感染症のリスクを過剰に心配して効果がわからない方法の方が良い、とお勧めするのは本当に良いことなんだろうか?と私自身は疑問に思います。
そのような理由から、私たちは原則として感染症のリスクをご説明し、術前に常在菌の検査をしてリスクの高い人には抗生物質の種類を増やすなどの対策を立てた上で、25歳未満の方には上皮を除去する方法(高速照射法)を行なっています。
26歳以上で進行がそれほど速くないと思われる方には、両方の方法のメリットとデメリットをご説明した上で、ご本人が希望する方を選んでいただくようにしています。
つまり、どの角膜クロスリンキングが向いているのか(優れているか)?ということではなく、何を一番重要視しているか?という問題なのです。
先進的な技術があれば治るをモットーに、円錐角膜治療で進行を止めるための角膜クロスリンキングを日本で初めて導入した実績があり、国内の角膜クロスリンキング手術を牽引しています。また新しい角膜内皮移植DMEKの執刀ができる数少ないドクターの一人です。