角膜クロスリンキング その2

前回角膜クロスリンキング の話を書いたので、もう少しその続きを書きたいと思います。

角膜クロスリンキング は2003年にドイツの先生が初めて学術雑誌で発表した方法です。私はたまたまその論文を自分で見つけて読んでいました。当時、私はレーシックに関わる仕事をしていました。円錐角膜の人に気づかずレーシックをすると、一旦は視力が良くなっても数ヶ月から数年経つと元の状態より悪くなってしまうことが知られています。また、2000年より以前は今よりももっと強い近視に対してもレーシックが行われていましたが、あまりにも強すぎる近視に手術を行うとしばらくしてから円錐角膜のような症状が出てきてしまう合併症があります。なので、レーシックの現場では円錐角膜はとても大切な疾患で、そのためにこの論文は私にはとても興味がある内容だったのです。

それまで発症してしまうと何もできなかった円錐角膜とその関連疾患の進行を止めることができる、ということで、とても面白い方法が出てきたと思って読んでいたところ、それからしばらくして当時の上司だった先生にお会いした時に、「先生、あの論文読んだ? 面白いよね。導入しようよ」とまさかの無茶ぶり。その一言で角膜クロスリンキング を導入する係に任命されてしまった、というのが最初のきっかけでした。

新しい治療を日本に入れるにはどうすればいいのか? 何もわからなかったので、まずは論文の著者にメールをしてみました。するとすぐに返事が来て、使用する器具や薬剤のことを教えてくれました。さらに、器械を販売しているメーカーも教えてもらったので、それを頼りにメーカーに連絡をして器械を個人輸入。でも、ものは揃えたものの、論文に書いてある文章だけではイメージが湧きません。実際にやろうと思っても何をどうすればいいのかわからないことがたくさん出てきます。しばらくためらっていたところ、スイスで角膜クロスリンキングの講習会があるというお知らせがきたので、思い切って行ってみることにしました。冬のヨーロッパに3泊5日一人旅で行ってみると会場にはいろんな国から200人を超える人たちが集まっていました。ヨーロッパ各国のほか、アメリカ、アフリカ、中近東やマレーシアなどの東南アジアの先生もいました。その時は日本からは私1人だけでした。角膜クロスリンキングを考案した先生によるライブサージェリーをみて、講義形式で理論を聞いて、すでに治療を始めている施設の人たちから直接話を聞くことができ、ようやくイメージが湧きました。

帰国後、倫理委員会の承認などのいろいろな手続きをすませて本格的にスタートしたのは2009年ごろのことです。大学病院で円錐角膜外来を始めましたが、当時は紹介されてくる患者さんはほとんど角膜移植が必要なぐらいの重度な人が多く、なかなか角膜クロスリンキング の適応の方はいませんでした。角膜クロスリンキング は、病気の進行を止めてこれから悪化するのを予防するための治療であり、見え方をよくする効果はほとんどないので、悪くなってしまう前の初期の段階に行うのが良い治療です。いわば、予防接種に近いと言った方がいいかもしれません。しかし、それまで円錐角膜の治療法は「ハードコンタクトレンズでギリギリまで頑張って、どうしようもなくなったら角膜移植」というのが常識だったために、なかなか初期の患者さんに治療を、という概念が広まらないようでした。それでも親しい角膜専門医の先生などから適切な患者さんを紹介していただき、学会などで何度か成果を報告して・・・を少しずつ繰り返すうちに、徐々にふさわしい初期の患者さんをご紹介いただけるようになってきました。

この10年ほど、海外の学会に行くと円錐角膜はホットトピックスの1つで、新しい治療が開発されるということは、これほどまでに病気の概念を変えるものだと痛感します。そして、嬉しいことに最近は日本の学会や専門雑誌でも円錐角膜のシンポジウムや特集を頻繁に組んでいただいたりするようになりました。また、初期診断や進行しているかどうかの判断の重要性が増してきたことを受けて、検査機器のメーカーも円錐角膜の診断装置の開発にも力を入れるようになってくれています。

ただ、それでも今はまだ、視力が悪くなって眼鏡店を訪れておかしいことに気づき、眼科を受診した時にはもうかなり悪くなってしまっている、という患者さんがたくさんいます。次の課題として思うことは、円錐角膜の発症が多い10代の学校検診で、簡単なもので良いので角膜形状を調べる検査を導入して欲しい、ということです。

前回も書いたように、保険診療どころか先進医療にするにもまだまだ遠いこの治療ですが、海外では治療効果と安全性が認められ、また初期に角膜クロスリンキングをすることにより重症化することが避けられて医療経済効果が大きいということも指摘されて、国が治療費を部分的に負担しているところも複数あるようです。

識字率100%で教育が行き届き、医療先進国でもある日本。ぜひ、こういう部分でも世界をリードする存在になって欲しいものです。

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